≫バレンタイン≪
「…なにしてんねん」
「?忍足先輩、おはようございます」
「いや、そうやなくて…」
俺は目を瞬かせて、もう一度目の前の恋人を見直した。
けれどもやはり、制服に身を包んでいる彼女はどう見てもうちの学校の生徒にしか見えず、
会社勤めをしているいつもの面影は見当たらなかった。
「、会社はどないしてん」
「会社?先輩、どうかしたんですか?テニスのし過ぎ?」
そう言って軽やかな笑い声を響かせる姿も、やはり中学生のそれで。
「は、ははは…」
つられて笑いかけて、しかし俺は何かを振り払うように首を振り、堪えた。
「いや、いやいやいや!、ちゃうやろ。お前はとっくに社会人で…」
「今日の先輩、変!」
…変。
見た目と様子がいつもと違えども、そこはやはり恋人。
愛しい口から飛び出した言葉に、俺は一瞬固まった。
「そんな先輩にはチョコあげない!」
そして言い終わるが早いか、スカートを翻して走っていってしまった。
…うちの制服、スカート丈短いんやから、そない走ると見えてまうで…。
「って、ちょい待ち!」
フリーズした上に阿呆なことを考えてしまった己を叱りつけながら、俺はを追った。
「チョコって、そうや、今日はバレンタインやん!!」
恋人の背中を追って廊下の角を曲がった俺は、そこで信じらない光景を目にした。
「皆さん、どうぞ!」
「ああ、いつも悪ぃな、」
「美味そうじゃん」
「、ありがとな」
「すっげー嬉C!」
「…ありがとうござい……ます」
「大事に食べるよ、ちゃん」
「なかなかやるな」
なんでレギュラー全員にチョコ渡しとんねん!
そう大声で突っ込みそうになった自分を、それでもなんとかなだめて俺は考えた。
そうや、あいつらは義理…で、俺は本命っちゅー訳やな。
それならそれで、納得はできる。
「……」
「あ、忍足先輩」
「えーと、なんや、ほら」
チョコ渡すなら今やで、。
俺はさり気なく受け取り体勢を作った。
するとようやく気付いたのか、ああ、と小さく呟いたは、
「ごめんなさい、先輩の分はないの」
と、にっこり笑った。
……!?
「なんでや…」
まだ微笑んでいるが、なぜか段々と遠のいていく。
俺は必死で呼びかけたが、どうしても届かないようで。
「からのチョコがなかったら、バレンタインなんて意味ないやん!」
……?
ふと気付くとそこは学校などではなく、見慣れた寝室だった。
それも、勝手知ったる恋人の…。
…恋人。
「!?」
慌てて傍らを見ると、そこにはいつもの…制服など着ていないがいた。
「ああ、良かった…夢やったんやな、さっきの」
「…」
「ん?ああ…起こしてしもた?」
「さっきの、…さっきの本当?」
見れば何故かの目は真っ赤で。
それを見た瞬間、俺は寝る前にやらかした喧嘩の一部始終を思い出していた。
『、明日学校でたくさんチョコもらうんでしょ』
『ああ、せやなぁ。忍足先輩、忍足先輩って可愛え子がぎょうさん来るんやろなぁ』
『……』
『で、もくれるんやろ?明日』
『…ないよ』
『え?』
『そんなにたくさん“可愛え子”からもらえるんだったら、いらないでしょ!』
そこで俺、の気持ちも考えずに言うてしまったんや。
『なにをそないに怒ってんねん。からのチョコなんてこっちから願い下げや!』
…の目ぇ赤くさせたの、俺やんか。
なにしてんねん、俺はほんまに。
自分の愚かさに腹を立てながら、俺はに向き直った。
「さっきのって、何が?」
「言ったじゃない…その、」
からのチョコがなかったら、バレンタインなんて意味ないやん!
「あ…」
せやからあないな夢、見たんやな。
「…ほんまや。心の底から思ってる。からのチョコが、俺のバレンタインの全てやって」
「…」
今度は別の意味で目が潤みだした可愛い恋人をきつく抱き締めて、俺は言った。
「昨日は、ごめんな。ほんま堪忍したって」
「私もごめんね。せっかく作ったチョコケーキ、ひとりでやけ食いするとこだった」
「ケーキ、作ってくれたんやね」
「うん。後で食べてね」
おおきに、その囁きは口付けと一緒にへ届けて。
目覚ましの鳴る時間まで、2人で優しい眠りにつくことにした。
end.
夢のバレンタイン更新!(笑)
皆様も素敵なバレンタインを過ごされますように…!