≫失恋疑惑≪
「ちょっと…!?どうしたのその髪…!」
休み明けの月曜日。
会社に着いて間もなく、エレベーターホールに友人の声の声がこだました。
思ったよりも早く目撃者がでたことに、私は首をすくめる。
「あー…。おはよう」
「おはようじゃないって!」
そう言いながら近づいてきたは、私の髪と顔を交互に見つめた。
「ばっさりじゃない!」
「ま、まあ、そうだね」
「そうだねって…20センチは切ったんじゃないの!?」
が驚くのも無理はない。
金曜日までは背中の真ん中ほどまであった私の髪が、今朝は肩に付くか付かないか
くらいの短さになっていたのだから。
「まさか……失恋!?」
「え、ええ…!?や、そんなんじゃなく…」
やっぱり来たかと思いながら、私は曖昧な笑顔を見せる。
「じゃあなによ?」
「単なる気分転換だって。あ、ほら来たよ、エレベーター」
「…え、ああ、うん…」
まったく納得していなさそうな友人を押し込むようにして乗り込み、職場のあるフロアへ。
さすがに静かなエレベーター内では追求を受けずに済み、
「着いた!じゃあまた後でね、!」
「えっ!?ちょ、ちょっと、まだ話は…」
到着後もなんとかそのまま振り切ることができた。
あー…今日一日、かわしきれるかなぁ…。
「無理だろうなぁ…はぁ…」
ため息と共に、私はデスクへと向かった。
案の定、その日のお昼休み。
朝振り切ったを含む友人複数名に囲まれて、私は引きつった笑いを浮かべていた。
「…で!?」
「でって……何が?あはは…」
「笑い事じゃないわよ!のその髪!この休みに何かあったんでしょ!?」
の厳しい指摘に、周りの友人たちも深く頷いている。
このチームワークの良さはなんなの…!?
「あの忍足とかいう関西人!あいつでしょ、を泣かせたのは!」
「や、別に泣いてなんか…」
「えっなになに?の彼氏、関西人なの!?」
「そう!しかもこの間写メ見たけど、なかなか格好良かったからな〜」
「は!?いつの間に見てたの…!?」
「えーじゃあ、振られちゃったんだ!?」
「いや、あの…」
「じゃない!?『お前なんか、もういらへん』とかなんとか!」
「うっそ!ちょっとひど過ぎ!!」
「だ、だから…っ」
…まったく、言葉を挟む余地もない。
そのまましばらく“あり得ない”“信じられない”と盛り上がった彼女達は、
ひと段落したところでようやく落ち着いたようだ。
「で、どんな修羅場だった訳!?」
「……失恋、してないもん」
勝手に騒がれて拗ねた私は、分かりやすく頬を膨らませると横を向いた。
「え!?でもそんなにばっさり…」
髪を切る=失恋だと思って疑わないは、目を丸くする。
「振られてなんか、いーまーせーんっ」
私の態度に、友人達も悪乗りし過ぎたことに気がついたようだ。
慌てて手を合わせてきた。
「あ〜…ごめん!、怒っちゃったよ」
「ごめんごめん、勝手に想像膨らませちゃって」
「…で、さ。真実はいかに?」
…う…やっぱりまだ諦めないか…。
私はしぶしぶ視線を戻すと、小さな声で言った。
「……呆れない?」
「もっちろん!!」
いや、そんなに興味深々な瞳を向けられても。
でもまぁ、もう誤魔化せないか…。
私は覚悟を決めると、話を始めた。
「実は、土曜日にね…」
その日はこれといった予定もなく、私とは自宅でゆっくり過ごしていた。
「外でデートするのもええけど、こうして2人でのんびり過ごすんもええね」
「そうだね」
私が同意しながら笑うと、がふと動きを止めた。
「?どうしたの?」
「なんやろ…なんかええ匂いせぇへん?」
「匂い?」
は鼻を利かせながら周囲を見渡すと、もう一度私を見た。
「なんや、自分やん」
「え?」
「甘い、ええ匂いしてるで」
「甘い?あ、ああ、もしかして…」
私が思いついた原因を言おうと口を開いたその時、
「そないな匂いで……俺を誘っとるん?」
「え、ちょ、待っ…っ」
が覆いかぶさってきた。
「まるで蝶を誘うお花やな……って、?どないした?」
「……ガム、髪に付いた…!」
そう、甘い匂いの元は私の噛んでいたガムで。
に乗られた衝撃で飛び出したガムは、私の髪にしっかりと着地していたのだ。
「うわっやってもうた!、すまん!堪忍!!」
「んもー…これって取れないんだよ?」
「ほ、ほんまか…!?どないしよ…」
珍しくうろたえるに、私は仕方ないなぁと微笑み、解決策を話した。
「いいよ、切るから」
「切る!?あ、アカン」
「大丈夫。どっちみちそろそろ切ろうと思ってたから」
「せやけど…」
罪悪感がはり付いている表情のに、気にしないでいいんだってば、と言いながら、
私は指を突きつけた。
「ただし!」
「た、ただし…?」
「短い髪の私も、気に入ってやってね?」
「!…当たり前やん…!」
「…と、いう訳」
“当たり前やん”の後に突入してしまった恥ずかしい部分はカットしつつ、私は話を終えた。
「………」
「ん?どうしたの?」
気付けば静かになっている周囲に、私は首を傾げる。
「…呆れた」
「!?あ、呆れないって言ったじゃない…っ」
まさかの裏切り行為に、私は声を上げる。
だから、言いたくなかったのに…!
「はいはい、ご馳走様」
「なんかお昼食べる前におなか一杯って感じ」
「疑った私達が馬鹿だったわ」
タイミングよく運ばれてきたランチに興味を移しながらそう言う薄情な友人達に、
私は再び拗ねそうになった。
「まぁまぁ、良かったじゃない。疑惑は晴れてさ」
「そうだけど…」
になだめられて、私は納得がいかないながらも頷いた。
「でもこれで、定説ができたわね」
「?」
意味が分からず見やった友人達は、にやっと笑うと声高に言った。
「が髪を切ったら、失恋にあらず、いちゃついた証拠なり!」
「が痣を付けてきたら、喧嘩にあらず、キスマークなり!」
「の顔色が悪かったら、体調不良にあらず、愛を育み過ぎた証拠なり!……ってね♪」
「…っ!みんな、意地悪…っ」
その日のお昼はいつもより賑やかになったけれど、ネタにされた私はどうにも食べた気がしなかった。
end.
主人公、いぢられるの図(笑)
…というか…バカップル過ぎですか…!?(どきどき)