≫ファーストキス≪
にメールをしなくなって2日が過ぎた。
もちろん、向こうからの連絡もなしや。
「あいつ、ほんまに意地っ張りやな」
変化のない待ち受け画面を眺めて、俺は苛立ちを隠しきれずに呟いた。
「なになに、さんとケンカでもしたのか?」
後ろから首を突っ込んできたのは、岳人だった。
妙に嬉しそうなのが腹立たしい。
「別に……ケンカちゃうけど」
俺は携帯を閉じながらふいと目を逸らした。
「浮気? なあ、浮気?」
「せやから、ちゃう言うてるやろっ!」
思わず大声を出してしまった。
驚いて見開かれた岳人の大きな目を見て、己の失態に気付く。
「……すまん、堪忍な」
「いや、俺も悪かったな。からかったりして」
そのまま2人で歩き出すと、自然と詳細を話す雰囲気になった。
「なんちゅうか、その……と初めてのちゅーの話になってな」
「はぁ!?」
岳人の顔に「始末におえないバカップル」という文字が浮かび上がった。
「岳人お前……呆れとるやろ」
「あ、いや、別に。……それで?」
先を促されて、俺は記憶をたどった。
そう、あれは一昨日の出来事だ。
俺はの部屋に遊びに行っていて、そこでそんな話題になった。
「初めての言うたら、あれやんな。2人で映画見に行った時――」
「え!? ち、違うよっ」
「嘘やん、が照れ隠しに“紅葉が綺麗だね”言うたのも覚えとるし」
「それじゃ秋でしょ? 違うもん、それよりも少し前……夏の終わりくらいだよ」
「違うて! 俺が間違えるわけないやんか」
「私だって間違ってない!」
話はいつしか平行線の言い合いになっていた。
「じゃあどんな状況やったか言うてみ?」
俺がそう言い返すと、はちらりと俺を見上げて口をつぐんだ。
「……やだ。が思い出して」
そう言ったの目元が微かに潤んでいた気もしたんやけど、
その時の俺にはそれをフォローするだけの余裕はなかった。
「してへんことを思い出せるわけないやろ」
さらに、止せばええのに追加の一言。
「誰か別の奴やったんちゃうか?」
「! ……〜〜っの馬鹿ッ!!」
――そして、今に至る。
「別の奴って……さんにそんな人いたのかよ」
話を聞き終えた岳人が、遠慮がちな視線を向けてきた。
「そんなん……知らんけど」
「知らんってあのなぁ……さん、めちゃくちゃ傷ついたんじゃないのか?」
わかっとるわ、そんくらい。
「せやけど、今さら引っ込みつかんやん。実際、初ちゅーの記憶は食い違ってるんやし」
「そこだよなぁ、不思議なのは。侑士は自信あるんだろ?」
「当たり前やん」
映画は俺の好きなラブロマンスものやったし、
が言った通り、帰りに立ち寄った公園は紅葉がめっちゃ綺麗やった。
それに……
「あんな可愛え、忘れるわけないやろ」
ぼそりと言った俺の言葉に、岳人は身悶える。
「だあ〜〜ッ……こんの、バカップル! いや、バカは侑士だけか」
「うわ、ひどいわ」
岳人のあんまりな発言に思わず突っ込んだら、妙な力が抜けたのがわかった。
「……なあ、侑士は仲直りしたいんだろ?」
「ああ、せやな」
お陰で自分の気持ちにも素直になれる。
ほんま、岳人様々や。
「でも記憶の違いだけはなんとかしないとな。夏の終わりって言ったら、なんかあったか?」
「それなんやけど、どう考えても何も思いつかな……」
そう言いかけた時、ふいにの顔が浮かんだ。
その表情は心配そうに曇っている。
「……あれ?」
「なに、どうした侑士?」
「いや、なんか一瞬、心配そうなの顔を思い出したんやけど」
あんな表情、映画見に行った時にさせたか……?
「心配? ああ、そういえば、お前一度すごい風邪引いて寝込んだことあったよな」
「風邪……!?」
頭の芯の疼くような痛みと、指先まで覆うだるさ、
呼吸の熱さもうっとおしくて、ただ布団にへばり付いていることしかできなかったあの日。
額の濡れタオルを交換しようと、俺の上に屈み込んだの仕草がたまらんかった。
気が付いたときには引き寄せて、夢中で唇を奪っていた。
『……っあ、風邪……うつしてしもた』
自分の行動に驚いて、そんな阿呆くさい台詞しか言えなかった俺に、
ははにかんだように微笑みながらこう言ってくれたんやった。
『その時はが看病してね』
「ああ!? ちゅーしとるやん、映画よりも前に!!」
ほんまの阿呆や、俺!
熱にうかされて、記憶まで飛ばしてしもたんか!?
がばっと顔を上げた俺に、岳人は反射的に飛び退った。
「うおっなんか思い出したのか!?」
「ああ、ばっちり! 岳人おおきに!!」
俺は慌てて走り出した。
「頑張れよ〜」
岳人の声を背中で受け止めながら向かう先は、もちろんのところ。
それと同時進行で、携帯から電話をかける。
『……もしもし?』
ワンコールで聞こえた愛しい声に、俺は口元が緩むのを止められなかった。
も待っててくれてたんやな、俺からの連絡。
「? 俺やけど」
『……うん』
「この間はほんまにごめん。俺が間違っとたわ」
『あ、それじゃあ……』
「これから直接謝りに行くさかい、お詫びのお土産なにがええ?」
なにをねだられても、文句なしや。
俺がそんなことを考えた時、電話の向こうからの声が聞こえた。
『……キスの回数、更新して欲しい』
――!
ほんまに、お前ってやつは……
「よっしゃ。まかせとき、」
俺はいったん通話を切ると、恋人の元へ向かってさらに加速した。
end.
忍足氏、お誕生日おめでとうございます!
これからもどんどん素敵な瞬間を更新していってくださいね!
溢れる愛で、応援しておりますっ♪