≫飛行機≪


今まで生きてきたなかで最速のスピードによって、シートの背もたれに押し付けられる。
その直後、足元がふっと頼りなげな感覚になり……私はものすごい後悔に襲われた。

「や、ちょ、ちょっとやっぱタンマ…っ」

そう、私は今、離陸した飛行機の中にいる。
隣の席には

これから2人で初めての旅行に行くところ…なんだけど。

「今更タンマはでけへんやろ。もう飛んでしもたんやから」

こんな不安な状況にもけろりとしているが信じられない。

絶え間なく押し寄せてくる妙な浮遊感に、私はぎゅっと目をつぶった。

「なんか、なんか、ふわってなるふわって!わーっ」
「まぁ離陸直後は気流も不安定やし…」

冷静な分析を始めたには悪いけど、それどころではない。

「やだー!地上に帰るー!!」
「あ、あんなぁ……そうや」

ぐずる私を見て困ったような表情を浮かべたは、すぐに何かを思いついた顔になった。

「それやったら、怖いの忘れさせたろか?」

……この企み顔。

「今ちゅーなんてしたら、間違いなく舌噛んじゃうからね」
「…う。なんでわかったんや」

の企みなんてお見通しだよ、と言おうとしたけど、再び機体が揺れて失敗する。

〜…」
…そないな情けない顔で半べそかいて…あ、ほなこれはどうや?」

そう言うと、はガムを取り出した。
食べ物で気を紛らわせよう作戦のようだけど…。

「胃のところがひゅーってなって怖いのに、食べたりできない…っ」
「もはや半べそ通り越してマジ泣きやな。したら、ぎゅーしててやろか」

今度は備え付けの毛布を握り締めていた私の手を握ってくれる。

一瞬、安堵感に包まれた。
だけど、やっぱり。

「手だけじゃ怖い〜…」
「…っ可愛え……やのうて、んー…アカンか…。
 身体ごと抱き締めるんは、シートベルトあって無理やし…」

するとが言い切らないうちに、がくんと大きな揺れが起こった。

「!!わーんっもうやだーっ」

スチュワーデスさんが気流の悪いところを通過中だというアナウンスを流す。
でも説明されたからといって、平静でいられることとは別問題だ。

私はの手を思い切り握り締めた。

、そしたら音楽聴いて寝てしまい?眠ってしもたら怖ないで」
「で、でも…離陸時にはウォークマンとかの電子機器は使っちゃいけないって…」
「安心しぃや、俺が歌ったる。子守唄」
「子守唄って……うひゃ!?」

私の台詞が終わらないうちに、耳元にの唇が寄せられる。
それだけでも体中の力が抜けそうなのに、さらにそこから低音の美声が聞こえてくるんだから…。

〜…」
「なん?また泣きそうな顔して。いいから目ぇつぶって寝てしまい」

の声は私の弱点だ。
甘くって優しくって、そっと寄り添うように、だけどちょっぴり強引に私を痺れさせる。

そんな声をこんな至近距離で浴びせられて、

「寝られる訳ないじゃない…っ」

というものだ。

……あれ?
私はそこでふと首を傾げた。

なんで寝なくちゃいけなかったんだっけ?

「あっ飛行機!」

気付くともうほとんど揺れはおさまっていた。
シートベルト着用のランプも消えている。

、あ、ありがと」
「ん?もう平気なん?」
「うん。これ以上歌ってもらうと、別なものに酔っちゃいそうだし」

後半は、個人的な呟きだけど。

は笑顔でさよか、と言うとぽんぽんと私の頭を撫でてくれた。

それにしてもの声ってすごい。
あんなに怖かったのに、その意識ごと持っていっちゃうんだから。

「これでもう怖いものなしだね!飛行機克服ーっ」

調子付いて拳を掲げた私に、は笑顔だった唇の端を意地悪気に引き上げた。

、知っとる?着陸時は離陸時よりも揺れんねんで」
「……っ!!」
「また、お歌歌ったげよな」
「……は、はひ…お願いイタシマス…っ」

次は電車の旅にしよう。
私はこっそり誓いを立てた。


end.


忍足氏が耳元ライブ(笑)を開催してくれるんだったら、飛行機の揺れも我慢します…っ
かなり個人的な願望によって生み出された夢粒だったりします(笑)