≫恋人観察≪


心地良いまどろみの中を漂っていた私は、肩に不自然な重みを感じて目を開けた。

「……あらら」

見やった重みの正体は
並んで座った電車内で、本格的に眠り込んでしまったらしかった。

確かに電車の揺れって気持ちいいんだよね。

現に自分ももう少しで眠りに落ちるところだったのだ。
が今いる状況がどんなに幸せなものか、想像するのは簡単だった。

それにしても…。

私はじっとの寝顔に見入った。

どの角度から見ても整った顔しちゃって。

斜め上から見下ろしているせいで、閉じられた瞼を縁取る睫毛が長いことも、
眼鏡を支える鼻筋が通っていることも、いつもよりよくわかる。

いや、よくわかるというよりも、ここまでじっくり見るのは初めてかもしれない。

大抵ここまでの近さに顔がある時は、が意地悪な微笑みを浮かべながら
、なんや照れてるん?」
なんて私をからかっている時で、(は可愛がってるの間違いやろ?って反論するだろうけど)
私はいつも目を逸らすので精一杯だったから。

今日は見溜めしとくチャンスかも!

そう意気込むと、私は観察に本腰を入れようとした……その時。

「わ…」

停車駅で深めに入ったブレーキが車両を大きく揺らし、私達の身体も左右に振られた。
すると、それまでの膝の上にあった手が力なく私の方へ投げ出され、私の手に触れたのだ。

う、うわ、うわ…!

しかも、揺れた弾みで愛用のシャンプーの香りが私を捕らえ、さらなる動揺を誘う。

も、もう見てられない…ッ

暴走を始めた心臓に、思わず視線をから外した。

「!?」

その時突然、触れるだけだったの手が、私のそれを握った。
反射的に視線を戻すと、しっかり目を開けたが私を見つめ返していて。

「なんや、もう見てくれへんの?」
「!?!?」

…お、起きてたの…!?

「あんだけあっつい視線感じたら、そら起きるわ」

私の動揺を他所に、はけろりとそう言った。

「せやけどの肩やらかくて気持ちええし、ええ匂いするし」

このまんまでもええかなって。

悪びれもせずそう続けてから、ふと妖しげな色を瞳に灯し、はにっこりと笑った。

「実際惚れた女に観察されるっちゅうんも、悪くなかったで?」

「……ッ降りるよ…ッ」

顔から火が出る前に最寄駅に到着したことに感謝しながら、私は素早くホームへ降りた。

「寝てる俺、どないやった?」
「意地悪しない分、起きてる時よりずっと良かった!」
…言うたな」

帰る道すがら、そんな会話を交わして。

いつか照れずに見つめて、見つめられる時は来るのかな。

そんなことを思った。

車内から繋いだ手にはお互い気付かない振りで、くすぐったい気持ちのまま家へと歩いた。


end.


忍足氏のためなら、なんぼでも肩貸します!(笑)