≫風邪≪
『ただいま電話に出ることができません。ピーという発信音の後に…』
「………」
会社からの帰り道。
最寄の駅から自宅までの間、に電話するのが私の日課。
もちょうど夕飯が終わってタイミングが合うらしく、
毎日その大好きな声で私の相手をしてくれていた。
でも、今日は…。
「どうしたんだろ…」
部活が長引いて夕飯が遅かったとか、きっと他愛もない理由なんだろうけど。
……なんだか気になった。
「とりあえずメールしとこ…と、あ!」
手の中で携帯が震え、メールが届いたことを知らせる。
『忍足 侑士』
…だ!
慌てて内容を確認する。
『すまん。今ちょっと電話出られへん』
「…?」
メールできるってことはごはん中じゃないだろうし、
携帯の傍にはいる訳よね…?
それに…『ちょっと』じゃ気になっちゃうんだけど…。
『どうしたの?何かあった?』
すぐにそう返事をして、とりあえず歩きだした。
のメールはいつも速いから、家に着くまでにはきっと…。
「……って、返事来ない……」
結局家に着いてしまった。
一体どうしちゃったんだろう…。
すると、鞄から鍵を取り出したところで、またメールが届いた。
『今跡部が来てんねん』
「………」
思わず目が据わった自分を感じる。
「いや、跡部君が来てるなら来てるで一向に構わないんですけどね…」
…普通、この内容送るのに10分もかかる…?
うまい理由が浮かばなくて色々悩んでたってバレバレじゃない…。
「嘘ならもっと上手くつけー!!」
その叫びをそのまま、留守電に入れてやった。
別に浮気とかそんな大袈裟なことを考えた訳じゃない。
単に忙しいか何かで出られないだけなんだろうけど、本当のことを教えてくれないのが
水臭く感じられて、なんだかちょっとカチンときてしまったのだった。
「まったく…お姉さんを騙そうなんて10年早い……あ?」
『忍足 侑士』
…今度は着信だった。
「ふぅん…何?弁解?」
なんて、ちょっと意地悪な気分で通話ボタンを押す。
「もしもし?いいの?跡部君来てるんでしょ?」
…あー性格悪いなぁ…私。
『…堪忍してぇな…』
!?
え、何…?
「…!?どうしたの、その声…!」
今、普段からは想像もできない濁声が聞こえてきたけど…!?
『風邪…引いてしもて…』
「か、風邪!?」
思いも寄らない理由に、声が裏返る。
『こんな情けない声、には聞かせたくないやん?せやから…』
「嘘、ついた訳ですか…」
『…すまん…』
なんだか力が抜けてしまった。
そして、愛しさがこみ上げてくる。
風邪声聞かせたくなかった、だなんて…。
「…可愛いんですけど」
『な、何言うてんねん!?』
よしよし、元気はあるみたいね。
明日は幸い土曜日だし。
「お見舞い、行くね」
『…あかん。にうつったらどないすんねや』
…まだ言うか。
「素直にならないとまた怒りますよ?」
1オクターブ低くした声の意味は、しっかり伝わったみたい。
『是非来たってください』
「よろしい」
『…病人脅すなんてひどいわ』
そうこぼすに明日はたっぷり優しくしてあげる約束をして、電話を切った。
風邪は心配だけど、珍しいお見舞いデートは楽しみ…なんて言ったら。
「のため息が聞こえてきそう」
浮かんだ想像に、思わず笑いがこぼれた。
end.
天才は風邪を引きやすかったり…?(笑)