≫ケンカ≪


「そんな言い方しなくたっていいじゃない!」
「言い方キツイんはお互い様やろ」

頭で考えるより先に、言葉が出てしまっている。
こういう時に吐き出されるものは、果たして本音というのだろうか。

「…っなんて知らない!」
「こっちかてもう知らんわ」

今度は、頭で考えるよりも先に部屋を飛び出していた。

とのケンカ。

「…久し振りに、やっちゃった」

最寄の駅に向かう足取りに、飛び出した時ほどの勢いはない。
かといって、戻る気ももちろんなかった。

「どう考えても、悪いのは!」

自分を納得させるように、何度かそれを確認する。
それからやっと、私は電車に乗った。

「気分転換には、やっぱりお買い物だよね」

大好きな雑貨屋さんを覗くと、さすがにもうクリスマス一色になっていた。

「あ!このマグカップ、へのクリスマスプレゼントにいいかも!」

大きめのデザインだから、きっとたっぷりコーヒーを注げる。
部屋で映画鑑賞をしながら、何度も注ぎ足すのって不便なのよね。

「…あ」

そこまで考えて、贈り物の算段なんてする必要のないことを思い出した。
ケンカ中なのだ、私達は。

気を取り直して、再び店内を歩き始める。

「あーこの手袋、可愛い色だなぁ…」

コートは去年買ってしまったから、今年は手袋とマフラーくらいで我慢しないとね。

「このデザインも可愛い…!ねえ、これどっちが…」

……。
なにしてんだろう、私。

自己嫌悪に陥りかけて、ショッピングは中止にすることにした。

「よし!映画を見に行こう!!」

が見たいと言っていた作品。
先に見るという裏切り行為で、少しだけ仕返しをしてやった気分になれそうだ。

「一般1枚、お願いします」

パンフレットを買って、いつものポップコーンはやめることにした。
なんとなく、今日は食べたくない。

劇場内に踏み入れると、ひとりきりのお客は私くらいだった。
ちょっぴり後ろめたく感じて、後ろの方の席を選ぶ。

「早く始まらないかな…」

開始までがこんなに長く感じたのも、今日が初めてだ。
いつも鑑賞前には読まないパンフレットをめくりながら、私は呟いた。

が見たいというだけあって、映画の内容は極上の恋愛物だった。
でも、問題点がひとつ。

「なんで主人公の恋人が、眼鏡をかけてるのよ…!」

どうしても、考えまいとしても、よぎるの姿。
抗いきれずに思わず感情移入してしまったものだから、
映画が終わる頃には堪えられない想いが私の中に渦巻いていた。

どうしよう、やっぱり…今すぐ、に会いたい…!

エンドロールが流れる中、映画館を飛び出した。
電車に駆け込み、後は1分でも早くの元へ連れて行って欲しいと願うばかり。

さっきのケンカのことも、早く謝りたかった。
本当はわかっていたけれど、どう考えても私が悪かったのだから。

「…ただいまっ!」

またつまらない意地を張ってしまう隙を与えないように、
勢い込んでドアを開ける。

ソファに座っていたは、急に現われた私に驚いたようだ。

…!?」

聞き終えず、私は頭を下げた。

、ごめんなさい!」

それに被さるようにして、

「ほんま、堪忍してや!」

……え?

顔を上げたところに待っていたのは、多分私も同じなんだろう真ん丸に見開かれた瞳。

「なんでが謝っとんねん」
「いや、だって…」
「せやかて悪いの俺の方やし」
「………」

同時に洩れた笑い。
後はひとしきりお互いに笑いあって、目尻に浮かんだ涙を拭いながらなんとか落ち着くことができた。

「ほんま阿呆やな」
「ほんと」

私なんて腹いせに映画まで見に行っちゃったよ。
そう言おうとして、テーブルに見覚えのあるパンフレットがあることに気付いた。

「あ、あれ!?」
「あー…すまん。ちょっとへこましたろ思て、見に行ってしもた…あ!?」

私がそっと取り出した、まったく同じパンフレットに、が声を上げる。

それから、またしばらくの笑い合い。

「つくづく、ケンカむいてへんなぁ」
「考えること、似過ぎ」

でもお似合いやんなぁ?
の笑顔に、私も頷いた。

今夜は2冊のパンフレットを囲んで、映画談議に花が咲きそうだ。


end.


買い物も映画も、お楽しみに心踊るのは、隣にいてくれる人のお陰だったりするのです…♪