≫待ち合わせ≪
その日私が待ち合わせ場所に到着したのは、約束の10分前だった。
「ちょっと張り切り過ぎたかな…って、あ…」
、来てる。
改札横の柱に寄りかかっているのは間違いなく我が彼氏殿。
自分だけがデートを楽しみにしていた訳じゃないということに、
私はなんだか嬉しくなってしまった。
しかし浮かれた足取りで駆け寄ろうとしたところで、私はふと足を止める。
まさか私が到着しているだなんて夢にも思っていないんだろうは、
手にした本に没頭していて。
伏せた目線と輪郭を縁取るような髪の流れとが、恋人の贔屓目を除いても様になっていたのだ。
「……」
ページをめくる指先、文字を追って動く視線、体重を後ろにかけているために
少し崩れた体勢になっている立ち姿…どれもが私を惹きつけた。
そしてなにより、時折眼鏡を押し上げる仕草が私の視線を奪う。
「格好良い…」
我知らずそう呟いてから、私ははっと口元を押さえた。
「私…これじゃ変な人だよね…」
物陰からを盗み見る私。
うん、どう考えても立派に怪しい人だ。
だけど、でも…
私はそっと、『不審者を見かけたら駅員までご連絡を』というポスターから目を背けた。
不審者だろうがなんだろうが、もう少しを見ていたい!
その気持ちの方が勝ってしまったから。
は一体なんの本を読んでいるんだろう。
真剣な視線が、少し見開かれたり、優しげに細められたり…恋愛映画の原作か何かかな?
「あれ…」
その時、ふっとが本から視線を上げた。
とはいっても私に気付いた訳ではないようで、きょろきょろと辺りを見渡してから、再び本に目を落とした。
はー…びっくりした。
こんなことをしているのがバレたら、恥ずかし過ぎる。
と、もう一度が顔を上げた。
「…?」
なんだか様子がおかしい。
さっき視線を上げた時から何かが気になるようで、本に集中できていない。
「どうしたんだろ」
もっと読書に熱中する姿を見ていたいのに。
するとそんな私の気持ちをまったく無視するように、は携帯を取り出した。
そしてなにやらメールを打ち始める。
「ってばなにやって…って、あれ!?」
微かな振動は、私の鞄の中から。
慌てて携帯を取り出して、届いたメールを確認する。
『どないした?具合でも悪いんか?』
どうやらが打っていたのは私宛のメールだったようだ。
「それにしても具合って……あー!!」
画面の端に表示された時計を見て、私は思わず叫ぶ。
それは待ち合わせ時間の10分後…だった。
やっちゃった…。
物陰からそっと出て行く時の気持ちは、穴があったら入りたい心境そのもの。
「…ご、ごめんなさい」
「ああ、おはようさん。どないした?が遅刻やなんて珍しいやん」
何も知らないの笑顔に、さらに心が痛んだ。
「う…寝坊、です」
そう言うしかない。
「へぇ…ほんまに珍しいな。なんや、俺の夢でも見とったんか?」
「!!」
はからかうだけのつもりだったようだけど、当たらずといえど遠からずの内容に私は動揺してしまい、
「…ほんまなん?」
「いや、ええと、まあ…」
しどろもどろの答えに、なぜかは上機嫌になった。
「そないな理由やったら、遅刻もしゃあないな」
「え?あ、あの」
「ほなら、デート始めよか。?」
そうして差し出された手を、私は申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら握った。
次は30分前には来ておこう、そう誓いながら。
end.
人を待っているときのどきどき感って好きです。
でも来てくれるのが忍足氏だったら、どきどきし過ぎて待っていられない…!(笑)