≫待ち伏せ≪
「、聞いた?入り口のところに格好良い男の子が立ってるんだって」
「…男の子?」
もうすぐ八時を過ぎる更衣室。
残業を切り上げ、簡単に化粧直しをしていたところに声をかけられた。
「が帰りがけに見たらしいよ!今メールが来てさ」
言いながら、携帯の画面をこちらに向けられる。
『社員用扉の前に格好良い男の子がいる!退社の際は是非ご覧あれ!』
文面からのはしゃぎ具合が伝わって来て、笑ってしまった。
「面食いのが言うんだから、相当期待できそうだね」
「そうなのよ!じゃ、お先に見物してくるね!お疲れ!!」
いやいや、見物って…。
突っ込む時間も与えずに飛び出して行った友人の勢いにまた笑いつつ、
コートを羽織った。
「さて、じゃあ私も目の保養をさせていただきますか」
軽い気持ちで呟いて、エレベーターに乗り込んだところで携帯が震えた。
『の言う通りだった!眼鏡フェチののタイプと見た!』
「結果報告早過ぎだってば…って、眼鏡…?」
そういえば、眼鏡をかけた格好良い男の子を1人だけ知っている。
「知っているというか…ねぇ」
浮かんできたのは勿論の顔。
でも…まさか、ね。
軽く頭を振って、生まれた期待を払おうとする。
疲れた時のがっかりは、いつもより堪えることを知っていたから。
「お疲れ様でしたー」
守衛さんにあいさつをして、ガラスの扉を押した。
吹き込んで来た冷たい風に思わず目を瞑って…。
「お疲れさん」
「!」
この声。
「なん?目にゴミでも入ったんか?」
いつまでも目を開けない私に、聞き覚えのある声がそう続けた。
…でも、本当に…?
「…?」
我ながらか細い声が出たけれど、仕方がない。
それくらいに…信じられない。
それをどう取ったのか、今度の愛しい声には少し笑いが含まれていた。
「せや。…せやからほら、目ぇ開けて確認し」
「…ん」
そっと目を開けると、目の前に優しい笑顔の。
「な?俺やったやろ」
「…うんッ」
驚きで出遅れていた嬉しさが今頃やって来て、私は勢い良く返事をした。
すると、の目がくすぐったそうに細くなる。
「そないに嬉しそうにされると、待ち伏せした甲斐あったわ」
その言葉に、ふと浮かんだ疑問を口にしてみた。
「待ち伏せって、どれ位待ってたの…?」
「ん?せやなぁ…1時間位か?」
!?
「1時間…!?か、風邪引いちゃうよ!?」
びっくりして、思わず声が大きくなる。
「せやかて急にに会いとうなったんやもん。
………しゃあないやろ?」
まるでらしからぬ拗ねた物言いに、たまらない愛おしさがこみ上げる。
「そりゃ、確かにしゃあないわ」
の口調を真似ながら神妙に頷き、ちらと視線を上げる。
「?」
「しゃあないから、今日はさんが特別にあっためてあげる!」
台詞と一緒に飛び付いて、今度はを驚かせることに成功した。
…けれど、それも一瞬だけ。
「守衛のおっさん、めっちゃ見てるで?」
「!!」
意地悪そうな笑み付きで、反撃を食らってしまったのだから。
「!行くよ!」
「ちょ、ちょお早いわ」
急に走り出した私を、今度こそ驚いた風のが追って来る。
このままあの角まで走って…曲がったら、ちゃんと言おう。
待っててくれて、ありがとうって。
end.
自分の会社をこっそりモデルにしてみました…!
忍足氏が待っていてくれたら、1年分の疲れも吹き飛びそうです(笑)