≫満員電車≪


「…あり得へん…」
と、呟いた声もかき消される程の人、人、人…。

東京の通勤ラッシュってどんだけ人おんねん!

「あ、電車来るよ!…どうしたの?」
「…あ?ああ…何でもあらへんよ」

予想を超えた人の波にフリーズしていた脳みそが、
傍らの愛しい声でやっと動き出す。

冬休みに入って少し経った今日、部活で練習試合をすることになった。
場所は学校ではなく、跡部が借りきったという都内の大型コートだ。

昨日その話をにしたら、会場への道がの通勤コースと同じことがわかった。

「時間もぴったりやし、ほな一緒に行こ!」

可愛い彼女と一緒に電車に揺られる場面を想像しながら、張り切ってそう誘った俺だったが…
………どうやら甘かったらしい。

これじゃあ揺られるどころか、隣におることすら難しいやないか!

「…あかん…」
「何が?」

当初の予定が狂って思わず洩れた声に、が反応する。

「あー…いや、めっちゃ混んでるなぁ思て」
ため息混じりにそう言うと、も苦笑した。
「そうだね。いつも一日の体力の大半をここで使っちゃう感じだも…うわッ」

電車の少し乱暴な停車にがバランスを崩し、向こう側へ倒れそうになった。

慌てて腕を掴み、こちらに引き寄せる。

「!」

弾みで、の香りが俺の鼻をくすぐった。

「はーびっくりしたぁ…ありがと」
「………」

ふにゃんとはにかんだの顔を、思わず凝視してしまう。

「え…何?」

めっちゃええ匂いやん!!
…とは、勿論言えず。

「…危ないから、ここ掴んどき」

そう言ってコートの端を引っ張った。
素直に握る様子が可愛い。

本当は抱き締めておきたいとこやねんけど。

こっそり思いながら、優しく香るの匂いを堪能する。

「満員電車も結構ええやん」

「そう?」

しもた。
今度は声に出てしまったらしい。

「またこんな風に一緒に行こな」

照れ隠しで早口になった言葉には、のとびきりの笑顔が待っていた。

「うんッ」


結構どころか…癖になりそうやわ。


end.


どんな場所でも、大好きな人といればパラダイス♪