≫悩み事≪


「はー……」

部室で帰り支度をしながら、無意識に吐き出してしまったため息。

しもた。
俺は慌てて口を閉じ、そっと辺りを伺った。

こんなん、暇を持て余してる部活仲間にネタを提供しとるようなもんや。

幸いにして、気付いた奴はいなかったらしい。

ちょうど鞄のファスナーを閉めた音と重なってたんやな。
助かったわ、ほんま。

「……忍足さん、悩み事ですか」
「って日吉!? いきなり背後に立つなや!」

急に現われた後輩に驚き、俺は後ずさった。

「ずいぶん大きなため息でしたね」
「なんや自分……聞いとったんか」

地獄耳やなぁ、と苦笑したところに追い討ちがかかる。

「なになに!? 侑士に悩み事!?」
「珍C〜」
「話してみろよ、忍足」
「そうですよ、先輩! きっと楽になります!」
「なんだなんだ? 面白いことになってるじゃねぇの」
「……ウス」

なんやねん!
気付けば思い切りネタになっとるやんか、俺!!

「……自分らに話すの、ごっつ嫌やねんけど」

仲間に取り囲まれて視線を泳がせながら、それでも一応お断りの意思を示してみる。

「ア? 聞こえねぇなぁ?」

しかし跡部の強引な一言に、周りの頷きでの賛同を付け加えられて、
俺の逃げ場は完全になくなってしもた。

「言うたらええんやろ、言うたら! まあ、なんや……のことやねんけど」

のことはこいつら全員が知っている。
それもこれも、俺がいつも恋人自慢をするせいなんやけど。

恋愛の話だとわかった途端、周囲の目の輝きが増した気がすんのは……気のせいやないな。

……うう、言いたないけど、仕方ない。

「寝てしまうんよ、……最近」
「は?」
「いや、せやから、寝てしまうんやって! 布団入って……なんもしとらへんうちに」
「………」

アカン。
やっぱりこいつらに言うたのは間違いやった。

耐え難い沈黙に、俺はものすごい後悔に襲われる。
せやけど、今更どうしようもない。

沈黙を破ったのは、俺の言った意味を一番理解していなさそうなジローの奴やった。

「それって忍足のテクがないってことじゃ…」
「わー!! ジロー、言うな!! 侑士が傷付く!!」
「……激ダサだな」
「宍戸さん、そんなにはっきり言ったら先輩の立場が……」
「くだらねぇ」

まるでシャワーのごとく浴びせられる言葉の数々。
しかもそのどれもが突いて欲しくない部分を刺激するものだったため、

「……せやねん、どうせ俺にテクがないのがアカンねん……」

俺は激しくへこんだ。

そう、ここ数週間ほど、と恋人らしいことをしていないのだ。

布団に入って二言三言言葉を交わし、ほんの少しじゃれあったかと思ったら、
腕の中からの寝息が聞こえてくる……その繰り返し。

思わずため息も出るっちゅー訳や。

「そうかと言って、寝てる相手に無理やりちょっかい出すんも……」
「それは卑怯です」

それまで静かだった日吉の鋭い視線。
怖いねん、自分。

それにな、と俺は続けた。

「それに最近元気がないねん、

それも気になっていることのひとつなのだ。

「それは……お仕事で疲れている、とかじゃないですか?」

鳳の言葉に俺も頷く。
寝てしまうんも、きっとそのせいとは思うんやけど……。

「自分に相談されねぇからって、いじけてんだろ。アーン?」

悔しいけど、跡部の言う通りや。

仕事が大変なら、それを俺に言ってくれてもええと思うねん。
理由がわかれば、俺も安心するし。

すると、まったく予想外の方向から意見が飛び出した。

「忍足さんが、寝かせてあげてしまうのが……問題なんだと、思い……ます」
「樺地!?」

無表情でなにを言うかと思えば……。

「疲れて寝ているんですから、先輩のとった行動は間違ってないと思います!」
「それに寝ているところを無理やり、というのは卑怯だと、さっき言ったはずだ」

2年生'Sも反論している。

「でも、さんは……」
「そうされることを寂しがっているって言いたいんだな、樺地?」
「……ウス」

が、寂しがってる……?

「優しさ出すのも加減が必要ってこったろ。
 そう毎回毎回放っておかれたんじゃ、自信もなくすし寂しくもなる」
「せやけどそれは、俺がを大事に思てるからで……」
「相手は人間だろ。何もしないでただ大事にしておきたいなら、人形でも抱いてろ」

……!

「そうか、そういうことなんやな!?」

そうとわかったら、こんなところでいつまでもぐずぐずしとるわけにはいかへん。

「ほな、先に帰るわ! お疲れさん!!」

俺は急いで鞄を背負うと、部室を飛び出した。
もちろん、俺のいなくなった後の部室で、こんな会話が繰り広げられたことは知らない。

「……跡部さん、いいんですか? もしも本当に仕事でお疲れなだけだったら……」
「ま、それはそれで面白いじゃねぇの。明日の忍足が見ものだな」
「……」


そして、次の日。

「樺地! お前天才やな! 俺の異名、今日から貸したるわ!!」
「……う、ウス」

「どうやらうまくいったみたいだな!」
「忍足鼻の下伸び過ぎ〜」
「激ダサだな」
「良かったです、先輩!」
「卑怯も策のうち……か」
「……チ、つまらねぇな」

俺の悩みは見事解消。
樺地様々やで、ほんま!


end.


女性の気持ちを一番わかっているのは、実は樺地じゃないかと踏んでいるわんこです(笑)
忍足氏は本命にはある部分不器用になってしまうタイプかと!
いずれにせよ、今回はドリームではない気もいたしますが……ご覧いただきありがとうございました♪