≫お泊まり会≪
がその素敵なイベントの開催を決めたのは、本当に急なことだった。
「お泊まり会?」
『そうや。明日からの夏合宿、おかんには1日余分に言ってあんねん』
せやから、最終日にそのままの家寄ってええやろ?
電話越しにもわかる嬉しそうな企み声に、私もつられてわくわくする。
気まぐれな思いつきのようでいて、私のお休みにきちんと合わせてあるところがさすがだ。
『部活三昧で夏休みらしいこと何もできてへんから、思いきり楽しもうな』
そんな優しい言葉も添えられて。
「うんっ」
勢い良く首を縦に振ったら、ビーズのストラップが楽しそうに踊った。
私も踊りだしたい。
そんな気分で電話を切った。
「おかえり、!」
いよいよお泊まり会が幕を開ける日、私は合宿帰りのを迎えに駅まで行った。
「帰ったで、」
テニスバッグを背負ったは、改札越しに私の声が聞こえると顔を上げた。
微笑みに精悍さが増していて、私はどきっとする。
合宿で日に焼けたせいだろうか?
「買出し、このまま行っちゃう?」
「せやな。また戻ってくるのも面倒やし」
は私が乗ってきた自転車のかごにバッグを収めると、ほな乗って、と振り返った。
「え!?乗って行くの!?」
「当たり前やん。しっかり掴まっててや」
2人乗りなんて子供の時以来だったし、なにより気恥ずかしくて私は躊躇う。
でもはすでに運転する気満々で、今更引いていこうとはいえない雰囲気だ。
「行くで」
覚悟を決めて跨ると、が嬉しそうに出発の宣言をした。
初めての複数客に驚いているのか、自転車が大きく揺れる。
うひゃあ、としがみ付いた私を笑ったのが、その背中から伝わってきた。
「あのでっかいスーパーでええか?」
頬を撫でる風を楽しむうちに慣れてきて、変な声も出なくなった私は頷く。
目的地には、それから数分で到着した。
「まずは夕飯やな。、何が食べたい?」
自動ドアをくぐった瞬間に流れ込んでくる、クーラーのひんやりした空気。
は買い物かごを手にするとそう聞いてきた。
「お祭り気分を味わうってことで、お好み焼きとか!?」
「ええな、それ」
意見も一致し、今度はお好み焼きの中身を相談しようと口を開きかけた時だった。
「!、これ見て!」
急に立ち止まったに呼ばれ振り向くと、手に何やら箱を持っている。
「家庭用たこ焼きセットやて!東京にもあんねんなぁ」
感慨深げにパッケージを見るの顔。
その目付きがあまりに真剣で、私は笑った。
「たこ焼きも充分お祭り気分を味わえると思うけど?」
そう切り出したのは、念の為の確認。
多分2人の中で、メニュー変更は決定していたから。
「ほんまにうまいたこ焼き、に食わせたる」
たこ焼きセットをかごに入れると、はまかせとき、と微笑んだ。
それから私達はたこ焼きの材料と(たこを選ぶはさらに真剣だった。)
プラスチックの瓶に入ったラムネを2本、花火の小さなセットもひとつ買い、スーパーを出た。
スイカは泣く泣く諦めたけれど、それを1番喜んでいるのはきっと自転車だったと思う。
そんなに運べるか、なんて声が聞こえてきそうだったから。
自宅に着いたのは4時少し前。
私達はまずラムネを冷蔵庫に入れて、それから順番でシャワーを浴びた。
私がお風呂場から戻ると、はたこ焼きの準備を終えていて、しっかりエプロンまでしていた。
「いらっしゃい」
すっかりたこ焼き屋さんの気分らしい。
私もお祭り気分に乗る。
「たこ焼き、ひとつ下さい」
スーパーでの自信は嘘ではなく、の手付きは鮮やかだった。
薄くひいた油、ぽこぽこと開いた穴に均等に流される生地。
たこを落とすテンポも確実で、思わず見入ってしまう。
「引っくり返すタイミングを見極めるのが大事やねん」
そう言われて私もじっと半分のたこ焼きを見つめたけれど、頃合いを掴むことはできなかった。
「今や」
言うが早いか、は手にした細長い金属の棒を絶妙に操り、たこ焼きを返し始める。
次々にきつね色をしたまん丸の顔が現われ、プレートの上に並んだ。
「すっごい…!」
私だけのたこ焼き屋さんは少し照れたように笑い、セットに付いていたたこ柄の紙パックを取った。
棒の先でひょいひょいとたこ焼きを拾い、パックに収める。
「お姉さん、可愛えからオマケな」
そう言って手渡され、今度は私が照れる番だった。
「?どうや?」
ぱくりと頬張ったまま動かない私を、は心配そうに覗き込む。
「…ッ美味しい!すっごく!」
外はかりかり、中はふんわり、おまけにたこはぷりぷりで!
美味しさに一瞬止まってしまった分を取り戻す勢いで、私はそう言った。
「そら良かったわ」
はほっとしたような笑顔を見せて、今度は自分の分を詰め始めた。
結局、2人でいくつおなかに入れたのか。
だしに付けるというオススメの新しい食べ方も教わって、私達は思う存分たこ焼きを楽しんだ。
「あ、花火も買ったんだった」
お祭りの後片付けをして、ソファに落ち着いたところでそれを思い出す。
「そうやった!それに、ラムネもや」
アカン、すっかり忘れとった。呟きながらはキッチンへ行き、私は花火を取りに行った。
「キンキンに冷えてんで。…瓶がプラスチックなのが無粋やけどなぁ」
受け取ったラムネは本当にちょうどよく冷えていて気持ちがいい。
「飲みながらベランダで花火しよ」
いつの間にか水を入れたバケツまで用意していたが、張りきってガラス戸を開けた。
「まだ少し明るいけど、そのうち暗くなるやろ」
ベランダに続くフローリングの床に並んで腰を下ろし、まずは乾杯。
ビー玉を落とす瞬間の衝撃が私は好きだ。
「この炭酸、効きよるなぁ」
ごくりと喉を鳴らしたはたまらずぎゅっと目を瞑る。
「くぅーッ本当!」
きゅうっと締め付けるような強烈な刺激。
私も思わず目を瞑り、それから2人で顔を見合わせて笑った。
「、どの花火がええ?」
ビニール袋には何種類かの花火が2、3本ずつ入っている。
私はじゃあこれ、と1本抜くとは?と袋の向きを変えた。
「俺はこれや」
火を付けてほんの少しどきどきする間をあけてから、一気に光のシャワーが溢れ出す。
小さな滝のような光は少しずつ色を変え、バケツの水に反射してきらきらと輝いた。
「綺麗やなぁ」
の眼鏡にも、花火が反射している。
「これぞ夏だね」
ベランダから見える夜景も、夏にはやっぱり元気がある気がする。
それから袋の中身とラムネを楽しむのに、2時間くらいかかっただろうか。
その頃にはすっかり花火の匂いが染み付いていて、洗い直しやなというの意見に私も賛成した。
花火特有の煙たさをシャワーで流した後は、DVDになったばかりの映画を見ることになった。
映画館なら暗闇で隠せる涙も、ここだとばれてしまって恥ずかしい。
「は泣き虫やな」
意地悪な指摘に頬を膨らませると、そこが可愛えんやけどと付け加えられ今度は赤くなった。
といると、本当に表情がいくつあっても足りない。
「そろそろ寝ようか」
お互い出始めた欠伸に、私は時計を見ながら提案した。
後5分で12時半だ。
はベッドで寝てええよ?とは言ってくれたけれど、私の中ではお泊まり会といえば雑魚寝だった。
リビングいっぱいに布団を敷き詰めて横になると、不思議と楽しい気分になる。
寝付かれへんなら逆効果やろ、とに突っ込まれたけれど、それがいいの!と言い返した。
「今日は夏のイベントてんこ盛りやったな」
暗い部屋にの声が響く。
たこ焼きに花火にラムネに…映画も見たし、自転車にも乗った。
「楽しかったね」
微笑みながら寝返りをうつと、いつの間にかこっちを見つめていたに気付きどきっとする。
「1日やなくて2、3日余分に言うておけば良かったわ」
そう言うの顔は眼鏡を外した就寝モードで、私の心拍数は余計に跳ね上がった。
「なぁ、?」
低い声には暗闇がよく似合う。
闇を纏いながら、の声はさらに続いた。
「ここからは恋人として、を満喫してもええか?」
私の答えは、頷いた時の衣擦れで聞き取れなかったと思うけれど。
優しい笑顔で抱き締めてくれたの腕の中で、私はまた夏を見つけた。
それは、合宿所からが運んできてくれた香り。
太陽をたっぷり浴びた、夏の香りだった。
「テニス、明日からまた応援するね」
それが唇を塞がれる前に言った、私の最後の言葉。
「おおきに」
そしてこれが、私に届いた最後の言葉で。
後は胸いっぱいの夏の香りと熱だけが、私を包む全てになった。
end.
Dream Battleに参加させていただいた作品です。
夏の醍醐味を一日に詰め込んでみました。
忍足氏との夏を満喫していただければ幸いです♪